男性育児休業取得の促進が組織文化と生産性にもたらす変革:人事戦略と先進事例
1. はじめに:男性育児休業とジェンダー平等の新たな局面
日本の働き方改革において、男性の育児休業(以下、男性育休)取得促進は、ジェンダー平等を推進する上で極めて重要な要素として位置づけられています。少子高齢化が進む現代において、女性のみに育児や介護の負担が集中する状況は、個人のキャリア形成を阻害するだけでなく、企業全体の生産性や競争力にも影響を及ぼします。
厚生労働省の「令和4年度雇用均等基本調査」によれば、男性の育児休業取得率は17.13%と、前年から大きく上昇しているものの、女性の取得率(85.1%)と比較すると依然として低い水準にあります。このような現状に対し、政府は育児・介護休業法の改正をはじめとする政策的な後押しを強化しています。本稿では、男性育休取得促進が組織のジェンダー平等、生産性、ひいては企業価値全体にもたらす変革に焦点を当て、人事部ダイバーシティ推進担当者が実践に活かせる具体的な戦略と先進事例を紹介します。
2. 法改正と政策動向が企業に求めるもの
2022年10月1日には、育児・介護休業法が改正され、「出生時育児休業(通称:産後パパ育休)」制度が施行されました。これは、子の出生後8週間以内に4週間まで取得可能な育児休業とは別の独立した休業制度であり、夫婦で育児休業を分担しやすくすることを目指しています。また、従業員が育児休業を取得しやすい雇用環境の整備や、休業取得に関する意向確認の個別周知・面談が事業主に義務付けられるなど、企業に求められる対応は一層強化されています。
これらの法改正は、単に制度を整えるだけでなく、企業文化そのものに変革を促すものです。特に、育児休業取得に関するハラスメント防止策の義務化や、従業員への周知徹底は、形骸化しがちな制度を実効性のあるものへと転換させる上で不可欠です。
政府は、男性育休取得を促進する企業に対し、両立支援等助成金(育児休業等支援コース)などの支援策も提供しています。これらは、育児休業取得や職場復帰を支援する取り組みを行う企業に対して支給されるものであり、制度導入や運用にかかる企業の経済的負担を軽減し、積極的な取得を後押しすることを目的としています。人事担当者は、これらの助成金制度を積極的に活用し、経営層への理解を促すことで、取り組みを加速させることが可能になります。
3. 先進企業に学ぶ:男性育休推進の具体的なアプローチ
男性育休取得率向上に成功している先進企業は、単に制度を設けるだけでなく、組織文化への深い働きかけを行っています。以下に、具体的なアプローチと成功要因を二つの事例から考察します。
3.1. 事例1:制度設計と運用の工夫による取得促進
ある大手製造業A社では、男性育休取得率が数年前まで10%未満に留まっていました。そこで同社は、法改正に先駆け、独自の「育休推奨プログラム」を導入しました。
- 給与補償の拡充:法定給付に加えて、企業独自の給与補償期間を延長し、休業中の経済的不安を軽減しました。これにより、特に収入の大部分を担う男性従業員が育休取得を検討しやすくなりました。
- 個別説明会の実施:育休対象となる男性従業員に対して、人事担当者が個別面談を実施し、制度の詳細、取得によるメリット、キャリアパスへの影響がないことを丁寧に説明しました。
- 業務の標準化とナレッジ共有:休業期間中の業務引継ぎがスムーズに行われるよう、業務マニュアルの整備や情報共有ツールの導入を推進しました。
- 目標設定と進捗管理:各部署に男性育休取得率の目標を設定し、定期的に進捗を確認することで、部署レベルでの当事者意識を高めました。
これらの取り組みの結果、A社の男性育休取得率は過去3年間で25%まで上昇し、特に2週間以上の長期取得者が増加傾向にあると報告されています。
3.2. 事例2:組織文化変革への投資による意識改革
IT企業B社は、男性育休が組織全体のエンゲージメント向上に繋がるとの認識のもと、組織文化の変革に重点を置いた取り組みを行っています。
- 経営層からの強いメッセージ:CEO自らが、男性育休取得が企業の競争力強化に不可欠であるとのメッセージを社内外に発信し、経営層が率先して取得を推奨する姿勢を示しました。
- 管理職向け研修の徹底:管理職を対象に、アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)を解消するための研修を定期的に実施しました。特に、「男性は仕事、女性は家庭」といった固定観念が、部下の育休取得意向に影響を与えかねないことを具体例を挙げて解説しました。
- ロールモデルの可視化:育休を取得した男性従業員に社内ブログや社内報で体験談を共有してもらい、ポジティブなロールモデルを増やすことで、「自分も取得できる」という安心感を醸成しました。
- 「育休明けランチ」の実施:育休から復帰した従業員と上長、同僚がランチを共にする機会を設け、休業中の近況共有や復帰後の業務調整について話し合う場を提供することで、スムーズな職場復帰を支援しています。
B社では、男性育休取得率が30%を超え、従業員満足度調査においてもワークライフバランスに対する肯定的な評価が顕著に向上しました。これは、単なる制度の利用促進に留まらず、組織全体の意識と行動が変化した結果であると分析されています。
4. 男性育休がもたらす組織への多角的効果
男性育休の取得促進は、単一の課題解決に留まらず、組織全体に多面的なポジティブな影響をもたらします。
- ジェンダー平等の推進:男性が育児に積極的に関わることで、女性従業員がキャリアを継続しやすくなり、結果として女性管理職登用など、組織内のジェンダーバランス改善に寄与します。また、性別役割分担意識の解消は、多様な人材が能力を最大限に発揮できる土壌を育みます。
- 生産性向上:従業員が育児休業を取得することで、業務の属人化が解消され、組織全体の業務効率化やナレッジ共有が進みます。また、育休明けの従業員は、ワークライフバランスが改善されたことで、仕事に対するモチベーションが高まり、生産性向上に貢献する事例も報告されています。
- 従業員エンゲージメントの向上:企業が従業員のライフイベントに寄り添い、柔軟な働き方を支援する姿勢を示すことで、従業員の企業への信頼感とロイヤルティが高まります。これは、離職率の低下や、優秀な人材の獲得にも繋がります。
- 企業価値の向上:ダイバーシティ&インクルージョンへの取り組みは、企業のESG(環境・社会・ガバナンス)評価を高め、投資家からの評価にも影響を与えます。また、多様な働き方を許容する企業文化は、ブランディングにも寄与し、採用市場における競争力強化に直結します。
5. 人事部ダイバーシティ推進担当者への提言
人事部ダイバーシティ推進担当者として、男性育休取得を戦略的に推進するためには、以下の点に留意することが重要です。
- 経営層への説得材料の準備:男性育休が単なるコストではなく、企業価値向上への投資であることを、数値データや先行事例、政府の動向を基に説明します。特に、生産性向上やリテンションへの効果を具体的に示すことが有効です。
- 制度設計と運用の柔軟性:従業員の不安を払拭するため、経済的支援だけでなく、休業中のキャリアパスへの影響がないことの明示、休業期間の柔軟な選択肢提供など、きめ細やかな制度設計が求められます。
- 組織文化への継続的な働きかけ:管理職向け研修は一度で終わらせず、継続的に実施し、アンコンシャスバイアスへの理解を深める機会を提供します。また、社内広報を通じて、育休取得者のポジティブな体験談を積極的に共有し、ロールモデルを増やすことも有効です。
- 外部リソースの積極的活用:国や地方自治体が提供する助成金制度や、専門家のコンサルティングサービスを積極的に活用し、自社に最適な施策を検討します。
6. まとめ:持続可能な働き方改革の核としての男性育休
男性育休の取得促進は、現代社会において企業が持続的に成長し、競争力を維持するための不可欠な要素です。これは単なる福利厚生制度の拡充に留まらず、ジェンダー平等を実現し、多様な人材がそれぞれの能力を最大限に発揮できる組織文化を醸成するための戦略的な投資であると言えます。
人事部ダイバーシティ推進担当者には、法改正の動向を注視し、先進事例から学び、自社の状況に合わせた柔軟な制度設計と、組織全体への粘り強い啓発活動が求められます。男性育休の推進は、性別に関わらず誰もが働きがいを感じ、私生活と両立できる社会を実現するための重要な一歩であり、企業の未来を形作るための確かな礎となるでしょう。